データ提供契約(ライセンス型)作成に際してのポイントを解説

【ご相談内容】

当社はオーダーメイドでの機械製作を行っているところ、これまで発注者より受けた要望やクレーム等を整理し、改善策を紐づけた上で統計化した顧客動向のデータを保有し、活用しています。

今般、工作機械を専門的に取り扱っている商社より、このデータを分析し今後の営業戦略に役立てたいので、データを提供して欲しいとの要請を受けました。

当社では、データを提供する取引など行ったことがないため、どのような契約書が必要となるのか見当がつきません。

データを提供するに際して必要となる契約書の作成ポイント・留意点を教えてください。

 

【回答】

本件の場合、自社が保有するデータについて、今後も自社で利用することを前提に、相手方に対しても当該データの利用権を付与する、という取引に該当すると考えられます。

このようなデータ提供契約の場合、特に検討するべきポイントは次の通りとなります。

①提供対象となるデータの項目・内容を特定し、明記すること

②提供対象となるデータの品質について、当事者間で誤解を生まないよう明記すること

③提供対象となるデータが第三者の権利を侵害していないか、第三者とトラブルになった場合の対処法を明記すること

④提供対象となるデータの目的外利用の可否、第三者提供の制限の有無につき明記すること

⑤派生データに対する権利帰属、利用権限につき明記すること

 

以下では、経済産業省が公表している「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」に掲載されているモデル契約書案を参照しつつ、提供者側と受領者側のそれぞれの視点で、どのような事項に着目し検討するべきか、その要点を解説します。

本記事を読むことで、モデル契約書案だけでは分からない、当事者の立場・属性に応じたデータ提供契約書の作成を行うことが可能になると思います。

 

【解説】

1.データ提供契約とは

(1)概要

法律上、データ提供契約という類型は定められていません。

したがって、論者によって微妙に意味が異なることがあるのですが、本記事では、経済産業省が公表している「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」に従い、取引の対象となるデータを一方当事者(データ提供者)のみが保持しているという事実状態について契約当事者間で争いがない場合において、データ提供者から他方当事者に対して当該データを提供する際に、当該データに関する他方当事者の利用権限その他データ提供条件等を取り決めるための契約、と定義しておきます。

 

ところで、データ提供取引の実情として、データ受領者が利用権限を取得し、①データ提供者は利用不可となるタイプ②データ提供者と受領者の双方がデータを利用できるタイプ③両方の当事者がデータを提供し合い、かつ利用し合うタイプがあります。

このため、データ提供契約を検討するに当たっては、データの提供方法に応じて、次の3類型のどれに該当するのか検討するのが有用とされています。

①データの譲渡契約(=データの利用をコントロールできる地位を含む当該データに関する一切の権限を譲受人に移転させ、譲渡人は当該データに関する一切の権限を失う契約のこと)

②データのライセンス契約(=データ提供者が保持するデータの利用権限を一定の範囲でライセンシーに与えるが、ライセンサーは提供データに関する全ての利用権限を失うものではない契約のこと)

③データの共同利用契約(=契約当事者が二者(たとえば、甲と乙)の場合であれば、甲が保持するデータについて契約によってその利用権限の全部または一部を乙に与え、他方、乙が保持するデータについて契約によってその利用権限の全部または一部を甲に与える契約のこと)

 

本記事では、現場実務で一番使用頻度が多いと思われる「データのライセンス契約」を取り上げ、解説します。

 

(2)データ提供契約を検討する上での注意点

データ提供取引の現場では、俗に“データを購入する”と言ったりします。そのため、データ提供契約を売買類似のものと考える方がいるかもしれません。しかし、この発想では、データが提供者側に残る場面が多いことを考慮できず、実態にそぐわないところがあります。

したがって、売買類似の発想で検討を進めてしまうと、誤った方向に行きがちです。

そこで、データが提供者側に残ることが多いことに着目し、データの“使用許諾”、すなわち賃貸借と考える方もいるかもしれません。しかし、契約期間中の許諾対象物に対する修繕義務や契約終了時の原状回復義務などは、データ提供契約とは相容れない内容となります。

したがって、賃貸借契約類似の発想で検討を進めることも危険です。

なお、データ(情報)を“開示”するという点を捉え、秘密保持契約に近づけて考える方がいるかもしれません。しかし、データ提供契約の場合、開示されたデータそれ自体の価値よりも、当該データを受領者が分析・加工・編集等することで生み出される新たなデータに重きが置かれるのに対し、秘密保持契約の場合は開示された情報それ自体の価値に比重が置かれるため、根本的な発想が異なります。

したがって、秘密保持義務とパラレルに考えるのは注意が必要です。

 

結局のところ、データ提供契約を検討するに当たっては、売買や賃貸借等の特定の契約類型に依存することなく、当事者間で新たなルールを定めるという意識が重要となります。

法律に定める契約類型に頼ることができず、契約に関する高度な専門知識が必要となる以上、データ提供契約書の作成・チェック・運用に際しては、弁護士等の専門家に関与してもらうことが必須と言えます。

2.具体的条項例から見るポイント

本記事では、経済産業省が公表している「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」に掲載されているモデル契約書案を引用しつつ、データ提供者側、データ受領者側のそれぞれの視点で、どの部分に着目して検討した方が良いのか、そのポイントを解説します。

なお、条項例にある「甲」はデータ提供者、「乙」はデータ受領者を意味します。

 

(1)定義に関する規定

第1条

本契約において、次に掲げる語は次の定義による。

①「提供データ」とは、本契約に基づき、甲が乙に対し提供する、甲が利用権限を有するデータであって、別紙に詳細を定めるものをいう。ただし、提供データには、個人情報の保護に関する法律に定める個人情報は含まない。

②「本目的」とは、乙が、●●することをいう。

③「派生データ」とは、乙が、提供データを加工、分析、編集、統合等することによって新たに生じたデータをいう。

契約書に表現される用語の定義に関する規定です。

一般的には、文章が冗長になることを防止する、用語例の曖昧さを排除する(一義化する)ために置かれる規定ですが、データ提供契約の場合、他にも異なる役割を担っています。

 

【提供者視点】

・「提供データ」の定義の仕方によっては、提供者が想定していなかったデータまで提供することになりかねません。したがって、提供するデータ内容については個別具体的に明記したいところなのですが、おそらくはデータが膨大にあり過ぎて個別具体的に特定することは困難という場面が多いと思われます。その場合、例えば、DVD内に保存されたデータ、提供者が指定するサーバ内に保管されたデータといった、データが存在する場所・範囲を画することで特定するといったことも検討に値します。

・「本目的」を定めることについてはなぜか軽視されがちで、抽象的にしか定めないことが多いようです。しかし、後の条項とも関係しますが、受領者によるデータの使用可能範囲を明らかにする(目的外使用か否かの判断基準となる)という重要な役割があります。提供者からすれば、提供したデータの使用目的に重大な関心があるかと思われますので、具体的に目的を明記することがポイントとなります。

・「派生データ」の定義は、様々なものが考えられます。もっとも、仮に派生データに関する権利が受領者に帰属する場合、実質的には提供データの利用権限を半永久的に付与したことに他なりません。この観点から考えると、派生データの定義については、「提供データを加工、分析、編集、統合等することによって新たに生じたデータであり、『かつ提供データに復元できないもの』」といった、派生データの範囲に絞りをかけることも検討に値します。

 

【受領者視点】

・「提供データ」の定義の仕方によって、受領者が想定していたデータが含まれていない事態が生じること、したがって、提供するデータ内容を個別具体的に明記する、又は提供するデータが存在する場所・範囲で画する必要があること、提供者視点と同様です。また、受領者としては、データの項目、件数、粒度等の“データの仕様”にも重大な関心がありますので、この点についても明確に定めておきたいところです。

なお、上記条項例では、個人情報が含まれていないことになっていますが、仮に個人情報が含まれる場合、個人情報を適正に取得していること、第三者(受領者)提供の同意を本人より取得していること等の個人情報保護法に則った対策を講じていることを提供者に表明保証させることが重要となります。

・「本目的」を具体的に明記することが重要であることは、提供者視点の通りです。もっとも、あまりに絞りすぎると、受領者が予定していたデータの使用法が実践できないという問題が起こりえます(現場実務を見ていると、実際にデータを使用する者の意向が契約交渉担当者に伝わっておらず、受領者内部で後に問題化するということがあったりします)。必要かつ十分な目的範囲と言えるか、吟味する必要があります。

・「派生データ」の定義は、上記条項例のようなもので問題ないと考えられます。なお、例えば、受領者が提供データを検証し、分析結果を示した結果データは、もはや派生データとはいえない(別の成果物)という考え方も成り立ちます。この場合、派生データの権利帰属や利用権限につき、全部・一部を問わず提供者が有する場合、上記のような結果データは派生データに含まれないことを明記することも一案かもしれません(なお、提供者が結果データの開示や使用許諾を要求してくる場合、データ提供契約ではなく、検証に関する業務委託契約と考えを改めたほうが良いかもしれません)。

 

(2)提供データの提供方法に関する規定

第2条

甲は、本契約の期間中、乙に対して提供データを、別紙に定める提供方法で提供する。ただし、甲は、データ提供の●日前までに乙に通知することで別紙の仕様および提供方法を変更することができる。

データ提供契約の目的物であるデータを、どのような手段で引き渡すのかを定めた規定です。

 

【提供者視点】

DVD等の媒体物に収めて提供する、電子メールに添付して提供する、ストレージサービスを用いて提供する等、当事者間で合意した方法を記載すれば足ります。

なお、提供者としては、契約が終了した場合に提供データをどのようにして返還してもらうのかまで念頭に置いて、提供方法を定めることが実はポイントになったりします。

この点、DVD等の媒体物であれば、(データが複製され受領者の元に残っている可能性は否定できないものの)物理的にデータの返還を実現することが可能です。一方、電子メールやストレージサービスの場合は返還不可能です(この場合は、データを消去したことに関する証明書を徴収するといった代替策を検討することになります)。

データの中に営業秘密などの重要機密情報が含まれている場合、提供方法と返還手段は表裏の問題として捉えておく必要があります。

 

【受領者視点】

当事者間で合意した方法を記載すれば足りること、提供者視点と同様です。

なお、受領者としては、提供されるデータが特殊なソフトでしか稼働しないという問題はないか、受領者が使用するソフトに合わせてデータを変換した場合にデータに欠損等が生じないか等につき、意識したいところです。

 

(3)提供データの利用許諾に関する規定

第3条

1 甲は、乙に対して、提供データを本契約の有効期間中、本目的の範囲内でのみ利用することを許諾する。

2 乙は、本契約で明示的に規定されるものを除き、提供データについて開示、内容の訂正、追加または削除、利用の停止、消去および提供の停止を行うことのできる権限を有しない。

3 乙は、甲の書面による事前の承諾のない限り、本目的以外の目的で提供データを加工、分析、編集、統合その他の利用をしてはならず、提供データを第三者(乙が法人である場合、その子会社、関連会社も第三者に含まれる)に開示、提供、漏えいしてはならない。

4 提供データに関する知的財産権(データベースの著作物に関する権利を含むが、これに限らない)は、甲に帰属する。ただし、提供データのうち、第三者に知的財産権が帰属するものはこの限りではない。

タイトルは「利用許諾」となっていますが、①利用許諾の範囲②提供データの権利者③提供データの取扱い権限にまで触れた内容となっています。

 

【提供者視点】

・受領者にデータを提供するとはいえ、データを受領者の自由気ままに使われてしまうと困ります。そこで、契約書に定めた「目的」の範囲内で使用することを1項で定めると共に、その裏返しとして「当該目的」から外れる態様でのデータ利用は契約違反であることを3項で定めています。上記(1)で記載した通り「本目的」の具体的内容が極めて重要となります。

・受領者にデータを提供することで、データそれ自体に対する権利まで受領者に移転することになるのか、当事者間で認識の食い違いが生じる場合があります。提供するとはいえ、引き続きデータを使用する意思があるのであれば、4項のような権利帰属に関する規定を設けることがポイントとなります。

・データ提供契約に至る交渉過程にもよりますが、一般的には提供者は自らが保有するデータをありのままに提供するのみで、受領者の要望に応じてデータを加工編集等することを想定していないと思われます。その認識を明確化したいのであれば、2項のようなデータの取扱い権限に関する規定を定めておくことが有用です。

 

【受領者視点】

・受領したデータについて、受領者が想定する態様にて使用可能なのかという観点から、1項と3項を見直すことが極めて重要となります。

なお、提供対象となるデータについて、例えば、受領者の競業先に提供しないでほしい等の要望があるかもしれません。この場合、独占的な利用許諾とすることができないか、提供者と交渉する必要があります。

・提供対象となるデータの権利者は提供者であること(4項)は、受け入れざるを得ないかと考えられます。むしろ受領者としては、派生データの権利帰属や利用権限を確保することに注力するべきです。

・提供対象となるデータの取扱い権限が提供者に帰属することも、原則受け入れざるを得ないと考えられます。もっとも、例えば、上記(2)で記載した、提供者と受領者が使用するソフト間でのデータ互換性への対応といった問題があるのであれば、その点に限り受領者に変更を求める権限がある旨定める必要があります。

 

(4)対価・支払条件に関する規定

第4条(※従量課金の場合)

1 乙は、提供データの利用許諾に対する対価として、甲に対し、別紙の1単位あたり月額●円を支払うものとする。

2 甲は、毎月月末に乙が利用している単位数を集計し、その単位数に応じた利用許諾の対価を翌月●日までに乙に書面(電磁的方法を含む。以下同じ)で通知する。

3 乙は、本契約期間中、第 1 項に定める金額に消費税額および地方消費税額を加算した金額を、前項の通知を受領した日が属する月の末日までに甲が指定する銀行口座に振込送金の方法によって支払うものとする。なお、振込手数料は乙の負担とする。

タイトル通り、データの提供に伴う金銭支払いに関する規定です。

 

【提供者視点】

対価の計算方法、支払期日・方法を定めておくという点では他の契約と同様であり、データ提供契約の特殊性はないと考えられます。

なお、従量課金の場合、何に対する重量なのか一義的に明確になるよう定めておくことがポイントです(例えば、データの数量、データの容量、アカウント数、ライセンス数、APIのコール等)。

 

【受領者視点】

基本的には提供者視点で記載した事項が当てはまります。

なお、例えば、データの使用量に応じた課金が行われる場合、受領者において使用量を確認できる手段(受領者からの問い合わせに対し提供者が客観的資料を基に回答する等)をできれば明文化したいところです。

 

(5)提供データの非保証

第5条

1 甲は、提供データが、適法かつ適切な方法によって取得されたものであることを表明し、保証する。

2 甲は、提供データの正確性、完全性、 安全性、 有効性(本目的への適合性)、提供データが第三者の知的財産権その他の権利を侵害しないことを保証しない。

提供対象となるデータの品質について、提供者がどこまで保証するのかを定めた規定です。

 

【提供者視点】

提供者としては、なるべく責任を負いたくないという意向が働くかと思います。そうすると、上記条項例のように、取得経路については違法性がない(営業秘密等を不正に入手したわけではない)、データの内容については一切責任を負わないという内容にて定めることになります。

 

【受領者視点】

受領者としては、取得経路に問題がないことは当然のこととして、対価を支払ってデータの提供を受ける以上、データの内容についても一定の保証が欲しいと考えて然るべきです。

したがって、2項については何らかの見直しを図りたいところです。

この点、1つの考え方として、提供者がデータ提供を専業としているのか(例えば名簿屋など)、提供者内のみで利用する予定だったデータを提供することになったのか、偶然提供者が取得し特に社内活用もしていなかったデータを提供することになったのか等の、提供者の属性によって保証内容に差異を設けるという方法があると考えられます(例えば、専業であれば正確性・完全性・非侵害性につき保証を求める、社内利用のデータであれば完全性・非侵害性につき保証を求める、偶然であれば保証を求めないなど)。

また他の考え方として、提供者がデータ内容に問題があることを認識している又は容易に認識しえた場合は責任追及可能とするという方法も有り得るかもしれません(例えば、末尾に「ただし、甲が知り又は容易に知りえた場合はこの限りではない。」という一文を挿入するなど)

 

(6)責任の制限等に関する規定

第6条

1 甲は、乙による提供データの利用に関連する、または提供データの乙の利用に基づき生じた発明、考案、創作および営業秘密等に関する知的財産権の乙による利用に関連する一切の請求、損失、損害または費用(合理的な弁護士費用を含み、特許権侵害、意匠権侵害、その他これらに類する侵害を含むがこれに限らない)に関し責任を負わない。

2 乙は、提供データの利用に起因または関連して第三者との間で紛争、クレームまたは請求(以下「紛争等」という)が生じた場合には、直ちに甲に対して書面により通知するものとし、かつ、自己の責任および費用負担において、当該紛争等を解決する。甲は、当該紛争等に合理的な範囲で協力するものとする。

3 乙は、前項に定める紛争等に起因または関連して甲が損害、損失または費用(合理的な弁護士費用を含み、以下「損害等」という)を被った場合(ただし、当該紛争等が甲の帰責事由に基づく場合を除く)、甲に対して、当該損害等を補償する。

受領者が提供対象となったデータを利用したことで第三者とトラブルが発生した場合、どちらの当事者が主体となって対応し、責任を負担するのか定めた規定です。

 

【提供者視点】

提供者の認識としては、対象となるデータを提供すれば契約上の義務を果たしたことになり、受領者によるデータの利用方法・態様を巡る第三者とのトラブルは、受領者自身の行動によるものである以上、何ら関知しないというのが基本スタンスになると考えられます。

したがって、上記条項例第1項及び第2項のような規定を置くことが望ましいということになります。また、提供者がトラブルに巻き込まれて損害を被った場合、受領者にその損害を負担させることまで定めておけば盤石となります。

 

【受領者視点】

受領者としては、自らの利用方法・態様に問題があったというのであればともかく、データそれ自体に原因があって第三者とトラブルになった場合にまで、提供者に一切責任追及ができないことには納得できないと思われます。

したがって、受領者としては、原則として提供者が責任を負う、例外として受領者が目的外利用をするなどの契約に違反する利用方法・態様があった場合は受領者が責任を負う、といった内容に修正したいところです。

あるいは上記条項例をベースにしつつ、1項はデータの利用により生じた受領者の知的財産権に関するトラブルのみ受領者が責任を負うと修正し、2項は「乙の責任及び費用負担で紛争を解決する」という部分を、「甲乙協力の上で解決する」、「甲乙の責任負担割合に応じて損害を負担する」と修正し、提供者に何らかの責任追及ができる余地を残すといった対処法が考えられます(責任負担割合について争いが生じますが、そもそも提供者に請求できる余地がないという状況よりは多少なりとも受領者において有利と言えます)。

なお、この問題は上記(5)のデータ非保証の問題とも関係するため、連動させて検討する必要があること、要注意です。

 

(7)利用状況に関する規定

第7条

1 甲は、乙に対し、乙による提供データの利用が本契約の条件に適合している否かを検証するために必要な利用状況の報告を求めることができる。

2 甲は、合理的な基準により、前項に基づく報告が提供データの利用状況を検証するのに十分ではないと判断した場合、 ●営業日前に書面による事前通知をすることを条件に、1 年に 1 回を限度として、乙の営業所において、乙による提供データの利用状況の監査を実施することができるものとする。この場合、甲は、乙の情報セキュリティに関する規程その他の乙が別途定める社内規程を遵守するものとする。

3 前項による監査の結果、乙が本契約に違反して提供データを利用していたことが発覚した場合、乙は甲に対し監査に要した費用および提供データの利用に係る追加の対価を支払うものとする。

受領者に対する報告義務、監査受入れ義務を定めた規定です。

 

【提供者視点】

提供者が提供するデータが営業秘密や限定提供データに該当する場合、受領者の杜撰な管理等によって営業秘密や限定提供データとして保護されなくなるリスクが生じます。あるいは営業秘密や限定提供データに該当せずとも、データの経済価値を維持するために非公開とする必要があるにもかかわらず、受領者の不手際により漏洩してしまった場合、提供者はデータ提供取引による商売の機会を失うことにもなります。

したがって、提供者としては、未然に防止するため及び問題が発生しても最小限の被害に抑えるために、上記条項例のような規定を是非とも定めておきたいところです。なお、2項に定める監査については、年1回とあえて限定せず、必要性があればその都度監査可能と修正しておく方がベターかもしれません。

 

【受領者視点】

受領者としても、ある程度は受け入れざるを得ない規定となります。

ただ、事前通知だけで事業所内監査を実施されるのは、色々と問題が生じえます(例えば、他社との秘密保持契約上、提供者が事業所内に立ち入った場合、他社の秘密情報が漏洩したと評価される場面が生じうるなど)。

この観点からすると、事業所内監査は、受領者の同意が原則必要と修正したいところです。

 

(8)提供データの管理に関する規定

第8条

1 乙は、提供データを他の情報と明確に区別して善良な管理者の注意をもって管理・保管しなければならず、 適切な管理手段を用いて、自己の営業秘密と同等以上の管理措置を講ずるものとする。

2 甲は、提供データの管理状況について、乙に対していつでも書面による報告を求めることができる。この場合において、提供データの漏えいまたは喪失のおそれがあると甲が判断した場合、甲は、乙に対して提供データの管理方法・保管方法の是正を求めることができる。

3 前項の報告または是正の要求がなされた場合、乙は速やかにこれに応じなければならない。

一般的な秘密保持義務とは別に、提供データ特有の情報管理体制を定めた規定です。

 

【提供者視点】

上記(7)と同じく、提供するデータに営業秘密、限定提供データ、非公開が要請される秘密情報が含まれる場合、提供者は、受領者によるデータ管理状況について強い関心を持つことになります。

したがって、上記条項例のような規定を必ず設けたいところです。

そして、受領者が上記条項例に定めた内容を遵守しない場合、一定のペナルティ(違約金支払い義務)を更に追加するなどして、実効性を確保することも検討に値します。

なお、提供データの複製物が存在する場合、「提供データ(複製物を含む。以下同じ)」と修正する必要があります。また、派生データに関する権利が提供者に帰属する場合や利用権限を提供者が取得する場合、「提供データ及び派生データ」と修正し、受領者に適切な管理を義務付ける必要があります。

 

【受領者視点】

これについても、上記(7)と同じく、受領者としてはある程度受け入れざるを得ない規定となります。

なお、上記条項例では定められていませんが、1項に定める管理措置につき、例えば、物理的なセキュリティ室を設ける、入室制限を行う、入室状況を記録化する、データをインターネットから切断された格納庫に保存する…といったことまで提供者が要求してくる場合もあります。もちろん、データの価値や性質によっては、そこまで徹底しなければならない場面もあるのですが、通常はそこまで厳格な措置を講じる必要はなく、受領者は不合理な負担を強いられることにもなりかねません。

したがって、提供者が要求する管理措置の内容が、受領者において対処可能なのか、経済的合理性のある対処法なのかを検証し、場合によっては管理措置の内容につき修正を求めなければならないことも意識しておくべきです。

 

(9)損害軽減義務に関する規定

第9条

1 乙は、提供データの漏えい、喪失、第三者提供、目的外利用等本契約に違反する提供データの利用(以下、「提供データの漏えい等」という)を発見した場合、直ちに甲にその旨を通知しなければならない。

2 乙の故意または過失により、提供データの漏えい等が生じた場合、乙は、自己の費用と責任において、提供データの漏えい等の事実の有無を確認し、提供データの漏えい等の事実が確認できた場合は、その原因を調査し、再発防止策について検討しその内容を甲に報告しなければならない。

損害軽減義務という見慣れないタイトルがついていますが、データ漏洩等の事故が発生した場合の、受領者の対処法を定めた規定です(おそらくは、上記条項例のような対処を行うことで、損害の拡大を押さえることできるという意味で損害軽減義務と名付けていると思われます)。

 

【提供者視点】

提供したデータが受領者の支配管理下で漏洩等した以上、受領者に対して一定の措置を講じるよう要請することは当然のことであり、上記条項例を設置すること自体は何ら問題ありません。

ところで、漏洩等の事故が発生した場合、最終的には提供者は受領者に対して損害賠償責任を追及することになります。この点、法的に考えた場合、①責任の有無、②損害発生の有無、③損害額の算定をそれぞれ検討することになるのですが、①はともかく、②及び③を証明することは容易ではありません。なぜなら、データが漏洩したことによる損害、すなわちデータの客観的な経済的価値を算定することは極めて困難だからです。このため、実は損害賠償請求を行うことは、かなり難しいことになります。

そこで、上記問題点を解消するべく、データ漏洩等の事故が発生した場合、あらかじめ違約金規定を設けておくことを、提供者は検討するべきです。また、受領者に緊張感を持たせる観点から、漏洩等の事故が発生していたにもかかわらず、受領者が気付かずに先に提供者が知る事態となった場合、受領者の管理体制の杜撰さが伺われますので、この場合は違約金を通常より高額に設定するといったことも検討してよいかもしれません。

 

【受領者視点】

受領者がデータ漏洩等の事故を発生させた場合、提供者に直ちに事故報告すると共に、原因調査と再発防止策を説明すること、ある意味当たり前といえます。

したがって、上記条項例自体は、受け入れざるを得ないと考えられます。

なお、上記条項例では定められていませんが、例えば、2項について、原因調査の報告期限及び再発防止策の報告期限が著しく短期に設定されている場合があります。この場合、報告期限の修正交渉を行う、報告期限は修正しないが、後で追加報告を行うことで契約上の義務を果たしたことになる旨定めておくといった対処法が考えられることも、頭の片隅に置いておきたいところです。

 

(10)派生データ等の取扱いに関する規定

(※注)「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」に掲載されているモデル契約書案の第10条は秘密保持義務に関する規定となっていますが、データ提供契約を念頭にした特有の注意事項がないため、本記事では省略しています。

第11条(派生データ等の取扱い)

1 派生データに関して、乙がその利用権限を有し、乙は、甲に対して、●●の範囲において[●●の目的の範囲において]派生データを無償[有償]で利用することを許諾する。

2 提供データの乙の利用に基づき生じた発明、考案、創作および営業秘密等に関する知的財産権は、乙に帰属する。ただし、乙は、甲に対し、当該知的財産権について無償[有償]の実施許諾をする。

3 派生データ、および前項の提供データの乙の利用に基づき生じた発明等に関する知的財産権の、乙から甲に対する 利用許諾の条件の詳細については、 甲および乙の間において別途協議の上決定する。

4 乙が、派生データを利用して行った事業またはサービスによって売上を得たときには、乙が得た売上金額の●%を甲に対して支払う。その支払条件については甲および乙の間において別途協議の上決定する。

派生データが発生した場合、①権利は誰に帰属するのか②利用権限は誰が有するのか③何らかの対価が発生するのか、について定めた規定です。

 

【提供者視点】

第1条に定めた派生データの定義に従った場合、提供対象となったデータを少し加工・編集しただけで派生データになると考えられます。そうすると、受領者に派生データの権利及び利用権限が帰属するとなった場合、提供者からすれば、データを合法的に奪われた格好になります。

したがって、提供者としては権利及び利用権限を自ら単独に帰属させることは難しいとしても、せめて派生データを使用可能な状態にしておきたいところ、この考え方を反映させたのが上記条項例となります。

なお、利用権限が提供者に帰属するとしても、派生データそれ自体を有するのは受領者であり、派生データの内容が分からないことには提供者も利用することができません。この点を考慮すると、上記条項例に付加して、受領者は提供者の要請に基づき、派生データを開示する義務まで明記したほうがよいかもしれません。

ところで、第4項ですが、経済的価値の高い提供者の営業秘密等の知的財産権を含むデータを提供した場合であればともかく、データそれ自体に相応の価値が見いだせない場合(受領者による分析・編集等を通じて初めて価値が生じる場合)にまで、提供者が受領者より、提供料以外に別途対価を徴収することは一般的ではないように思います。

第4項は、ケースバイケースで設定する条項であると考えたほうが無難です。

 

【受領者視点】

やはり第1条に定めた派生データの定義によりますが、仮に、「提供データを加工、分析、 編集、 統合等することによって新たに生じたデータであり、かつ提供データに復元できないもの」と定義した場合、もはや派生データは提供データと異なるものになったと考えることができます。

この場合、提供者視点で示した“データを合法的に奪われる”という提供者の懸念を考慮する必要がないことから、上記条項例とは異なり、派生データに関する権利は受領者に単独帰属すること、受領者のみ利用権限を有することを明確にした条項に修正したいところです。

なお、提供者が、合理的な理由もなく、派生データに関する権利及び利用権限を単独帰属させるよう強硬に主張する場合、独占禁止法上の不公正な取引方法(独占禁止法第2条第9項)に該当するのではないかと指摘し、交渉を進めるといったテクニックも頭の片隅に置いておくとよいかもしれません。

 

(11)契約終了後の措置に関する規定

(※注)「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」に掲載されているモデル契約書案の第12条は有効期間、第13条は不可抗力免責、第14条は解除に関する規定となっていますが、データ提供契約を念頭にした特有の注意事項がないため、本記事では省略しています。

第15条(契約終了後の措置)

1 乙は、本契約の終了後、理由の如何を問わず、提供データを利用してはならず、 甲が別途指示する方法で、 速やかに受領済みの提供データ(複製物を含む)を全て廃棄または消去しなければならない。

2 甲は、乙に対し、データが全て廃棄または消去されたことを証する書面の提出を求めることができる。

契約が終了した場合に、当事者において行うべき事項につき定めた規定です。

なお、上記条項例は提供対象となったデータに関する取扱いのみを定めていますが、契約内容に応じた加除修正が必要となります。

 

【提供者視点】

データ提供契約が終了した以上、提供対象となったデータを受領者において利用不可とするべく廃棄又は消去するよう義務付けること、提供者からすれば当然のことを定めた規定となります。なお、データの提供方法がDVD等の媒体物を前提としていた場合、その媒体物の返還も定めておく必要がありますが、データは複製が容易であることを踏まえると、返還よりも廃棄・消去を重視したほうがよいと考えられます。

ところで、派生データまで廃棄・消去対象とするべきなのかは検討の余地があります。

たしかに、派生データに関する権利及び利用権限が提供者に帰属する場合は、廃棄・消去対象にすることが考えられます。また、派生データの内容が、提供データを少し加工・編集しただけに過ぎないという場合、当該派生データを廃棄・消去しないことには、契約終了後も受領者において実質的に提供データを利用することが可能となることから、やはり廃棄・消去対象とするべきと考えられます。

しかし、提供データに復元不可能なまでに編集・加工した派生データであれば、受領者の独自ノウハウというべき分析データと考えることも可能であり、これを契約終了と同時に利用不可とするのは、受領者より強い抵抗を受けると予想されます。

以上のことから、派生データまで廃棄・消去対象とするべきかについては、受領者によるデータの利用目的に応じて、柔軟に考える必要があります。

 

【受領者視点】

提供対象となったデータを返還あるいは廃棄・消去することは当然のことであり、上記条項例程度の内容であれば、受け入れざるを得ないと考えられます。

もっとも、提供者視点でも記載した通り、派生データについてまで返還あるいは廃棄・消去することまで求められた場合は、検証が必要です。

特に、提供データを元に独自に分析・解析し、その得られた結果を統合した上で作成した派生データの場合、もはや独立のデータというべきものであり、今後利用不可となることは納得しがたいところがあると思われます。また、データの提供を受け、編集加工した派生データを未来永劫利用することが契約の目的であると受領者は認識していることが多いと思われます。

契約終了時点になって、このような認識の相違を提供者と争うのは得策ではありません。契約締結の交渉時よりイグジット戦略を意識するとでもいえばよいでしょうか、契約関係が無くなった場合(期間満了はもちろん、中途解約や解除された場合も想定する)はどうなるのかという点を考慮しながら契約内容を詰めていくことが重要となります。

 

(12)残存条項に関する規定

(※注)「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」に掲載されているモデル契約書案の第16条は反社会的勢力排除に関する規定となっていますが、データ提供契約を念頭にした特有の注意事項がないため、本記事では省略しています。

第17条(残存条項)

本契約終了後も、第 3 条第 2 項および 3 項(受領者の義務)、第 6 条(責任の制限等)、第 10 条(秘密保持義務)、第 11 条(派生データ等の取扱い)、第 14 条(解除)、第 15 条(契約終了後の措置)、第 16 条(反社会的勢力の排除)、本条(残存条項)、第 18 条(権利義務の譲渡の禁止)、第 20 条(準拠法)、第 21 条(紛争解決)は有効に存続する。

契約終了後も引き続き効力を有する条項を整理し、明記した規定です。

相手方当事者に対して義務付けたい事項を考慮することはもちろん、契約することによって得られた自らの法的地位を引き続き継続させることができないかという視点も持ちながら、定めることになります。

 

【提供者視点】

提供対象となったデータに営業秘密や限定提供データが含まれている場合、データ提供契約が終了することで受領者による管理が杜撰となり、結果的に営業秘密及び限定提供データとなるための要件が充足しないというリスクが生じえます。この観点からすると、提供データに対する、契約終了後の取扱いについてどこまで義務を加重するのか検討を要することになります。

また、派生データに関する権利が受領者に帰属し、利用権限のライセンス付与を受けている場合、契約終了後の利用権限は維持できるのか、維持するための条件は何か等についても意識して、条項を検討する必要があります。

 

【受領者視点】

派生データが、契約終了後も引き続き利用可能かという視点は必ず持ち合わせて検討をしたいところです。

一方で、派生データに関する利用権限を提供者にライセンスしている場合、契約終了後も付与し続けるのかという点も考慮する必要があります。

 

3.当事務所でサポートできること

本記事では、データ提供契約、特にデータのライセンス契約を念頭に、当事務所がこれまで取り扱ってきた実務経験を踏まえた解説を行いましたが、当事務所では、データの譲渡契約及びデータの共同利用契約についても取扱い実績があります。

また、「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」では、「データ提供型」契約以外に、「データ創出型」の契約及び「データ共用型(プラットフォーム型)」の契約も紹介されているところ、少しずつですが当事務所でもノウハウを溜め込んでいるところです。

 

当事務所では、近時クライアントが保有するデータを第三者に提供する事案、あるいはクライアントが第三者の保有するデータの提供を受ける事例が増加しており、これに関係する契約書の作成やトラブル事例などを複数取り扱っています。そして、これらの事例を通じて知見とノウハウを収集しつつあります。

データの取扱い・活用方法に関する法律相談・法務課題がある場合は、是非当事務所をご利用ください。ご依頼者様に対し、保有する知見及びノウハウを活用し、実態に即した柔軟かつ合理的なご提案を行うことで、ご満足いただけるよう尽力します。

 

<2023年10月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。