ソフトウェア・エスクロウとは何か? 活用場面とポイントを解説

【ご相談内容】

某ベンチャー企業が制作したソフトウェアが秀逸であり、是非当社の業務に取り入れたいと考えています。

ただ、某ベンチャー企業の経営状態は芳しくなく、ある日突然倒産することも十分に想定されるため、取引を実行することに躊躇しています。

ソフトウェアを買取る(著作権譲渡を受ける)以外に、当社において取り得る対策は無いでしょうか。

 

【回答】

ソフトウェアを買取る(著作権譲渡を受ける)ことができれば、ライセンサの経営状態を考慮することなく、取引を進めることができるかもしれません。

しかし、買取りとなると相応の費用負担が必要となり、ライセンシの支払能力の関係もありますので、上手く交渉がまとまる保証はありません。

このような場合、著作権自体はライセンサに残すことを前提に、ライセンサが倒産等することでソフトウェアの使用継続に支障が生じないよう、ライセンシ自らがメンテナンス等の改変を行うことができるようにするといった対処法が考えられます。

この対処法を実現するのが「ソフトウェア・エスクロウ」と呼ばれるものです。

本記事では、ソフトウェア・エスクロウの内容、手続きの進め方、注意点などのポイントを解説します。

 

【解説】

1.ソフトウェア・エスクロウの意義・目的

(1)意義

ソフトウェア・エスクロウとは、ライセンサとライセンシとの間でソフトウェアのライセンス契約を締結することを前提に

・ライセンサがエスクロウ・エージェントと呼ばれる第三者に対し

・当該ソフトウェアのソースコードその他技術情報等を預託しておくことで

・ライセンサの倒産等の一定の事由が生じた場合に

・エスクロウ・エージェントがライセンシに対して、預託されていた情報等を開示する

制度のことを言います。

 

(2)目的

ソフトウェア・エスクロウが用いられる目的は、主としてライセンシの保護・利便性を図るためと言えます。

すなわち、一般的なソフトウェアのライセンス契約の場合、ライセンサがライセンシに対して許諾(開示)するのはオブジェクトコードであり、ソースコードを開示することはまずありません。このようにオブジェクトコードの許諾(開示)だけであっても、ライセンシはソフトウェアを使用することができますので、通常時は特に支障はありません。

しかし、ライセンサが倒産した場合や災害に被災するなどして事業活動が事実上ストップした場合、ソフトウェアのメンテナンスサービス等を受けることができないのはもちろん、ライセンシはオブジェクトコードだけではライセンシ自らメンテナンスすることもできず、今後のソフトウェアの使用継続が困難になるおそれが生じます。

このような事態が生じることに備え、ライセンサに一定の事由(メンテナンスサービス等を提供できない事由)が生じた場合、ライセンシはソフトウェアのソースコードその他技術情報等の提供を受けることができれば、ライセンシ自らがソフトウェアのメンテナンスを行い、引き続きソフトウェアの使用継続が可能となります。

 

なお、ライセンサにとっては重要な機密情報であるソフトウェアのソースコードその他技術情報等の流出につながるため、ソフトウェア・エスクロウは必ずしも歓迎される制度とは言い難いところがあります。

もっとも、ライセンシより信用を得やすい環境を作出することができ、取扱うソフトウェアの取引活性化を図ることができるという点ではメリットがあると言えるかもしれません。

 

(3)破産管財人との関係でソフトウェア・エスクロウは意味がない!?

ところで、ソフトウェア・エスクロウについては、ライセンサが実際に破産した場合、役に立たないのではないかと指摘されることがあります。というのも、ライセンサの破産管財人が、ライセンシとのソフトウェアライセンス契約を解除する場合があり、そうなるとソースコードその他技術情報等の開示を受けたところで、ソフトウェアを使用継続することができないおそれがあるからです。

もっとも、著作権法の改正により、令和2年(2020年)10月1日以降はこの問題はほぼ解消されたと言ってよい状態となっています。

すなわち、著作権法第63条の2で次のような規定が新たに設けられました。

 

【著作権法第63条の2】

利用権は、当該利用権に係る著作物の著作権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

 

やや理屈っぽい話となりますが、破産管財人は著作権法第63条の2に定める「第三者」に該当しますので、ライセンシは破産管財人に対し、ソフトウェアライセンスを保有していることを法的に主張することが可能です。この結果、破産管財人は、破産法第56条第1項によりソフトウェアのライセンス契約を一方的に解除することができない状態となります。

 

【破産法第56条第1項】

第53条第1項及び第2項の規定(※執筆者注:双方未履行契約において破産管財人が契約を解除することができる旨定めた規定のこと)は、賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約について破産者の相手方が当該権利につき登記、登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合には、適用しない。

 

したがって、ソフトウェア・エスクロウに対する問題点として指摘されていた、破産管財人によるソフトウェアライセンス契約解除の問題は気にする必要がなくなりました(ネット等では著作権法第63条の2が制定される以前の記事が公開されたままとなっているので、この点は注意が必要です)。

 

なお、少しややこしい話をしますと、著作権法第63条の2は、ソフトウェアのライセンシであることを主張できるのみであって、ライセンサと取り決めていたライセンス条件を、破産管財人等の第三者に主張できるとは明記していません。

この点、文化庁が公表している「著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律(令和2年著作権法改正)について(解説)」88頁では、「本規定によって利用権が著作権の譲受人に対抗される場合に、利用許諾契約が当該譲受人に承継されるか否かについては何ら法定しておらず、契約承継の有無については個々の事案に応じて判断がなされるべきものと考えられる」と指摘していることに注意を要します。

 

2.ソフトウェア・エスクロウの権利関係

(1)原則的な形態

ソフトウェア・エスクロウを利用する場合、ライセンサ、ライセンシ、エスクロウ・エージェントの三当事者との間で、次のような権利関係になることが通常です。

 

【ライセンサとライセンシ】

ソフトウェアライセンス契約又は別途合意により、ライセンサがエスクロウ・エージェントとの間でソフトウェア・エスクロウを利用する合意を取り交わすことを義務付ける。なお、この際に、ソフトウェア・エスクロウを利用するに際して必要となる費用負担についても取り決めておく。

この合意に基づき、ライセンサはエスクロウ・エージェントとの間でソフトウェア・エスクロウ利用手続きを進めることになる。

 

【ライセンサとエスクロウ・エージェント】

一般的なエスクロウ・エージェントが提示するソフトウェア・エスクロウ利用契約の内容に沿って契約締結手続きを行う。

その後、ライセンサはエスクロウ・エージェントに対し、ソースコードその他技術情報等を預託する。

 

【ライセンシとエスクロウ・エージェント】

理論的には、ライセンシとエスクロウ・エージェントとの二当事者契約を締結する必要はない。

もっとも、ソフトウェア・エスクロウ契約を三当事者間契約(ライセンサ、ライセンシ、エスクロウ・エージェント)とする場合があるので、この場合はライセンシも契約当事者となる(ライセンシにとって利害が大きいのは、ソースコードその他技術情報等が開示される事由であり、特に注意して契約内容の検証を行う必要がある)。

 

(2)注意点(ライセンシ視点)

ソフトウェア・エスクロウによる利益を一番享受する者はライセンシであることから、ライセンシ視点で、ソフトウェア・エスクロウ手続きを進める上での注意点を記述します。

 

①ソースコードその他技術情報等の所有権が移転する内容とすること

そもそもソフトウェア・エスクロウにおいて、ライセンサが保有する著作権をエスクロウ・エージェントに譲渡することは想定されていません。

また、一般的な預託(寄託)契約の場合、対象物の所有権が委託者(ライセンサ)から受託者(エスクロウ・エージェント)に移転することはありません。

しかし、ソフトウェア・エスクロウの場合、対象物であるソースコードその他技術情報等の所有権を受託者(エスクロウ・エージェント)に移転させることが極めて重要となります。

なぜなら、ソースコードその他技術情報等の開示事由が発生した場合、ライセンシは、その所有権につきエスクロウ・エージェントを通じて取得しないことには、ソフトウェアを自らメンテナンスすることが難しくなってしまうからです。

これは著作権法第47条の3が関係してきます。

 

【著作権法第47条の3】

1. プログラムの著作物の複製物の所有者は、自ら当該著作物を電子計算機において実行するために必要と認められる限度において、当該著作物を複製することができる。ただし、当該実行に係る複製物の使用につき、第113条第5項の規定が適用される場合は、この限りでない。

2. 前項の複製物の所有者が当該複製物(同項の規定により作成された複製物を含む。)のいずれかについて滅失以外の事由により所有権を有しなくなった後には、その者は、当該著作権者の別段の意思表示がない限り、その他の複製物を保存してはならない。

 

この著作権法第47条の3が適用される主体は「プログラムの著作物の複製物の所有者」とされています。したがって、ライセンシは、ライセンサに一定の事由が発生した場合、ソースコードその他技術情報等の開示のみならず、ソースコードその他技術情報等の所有権を取得して、初めてライセンサの許諾を得ることなく、ソフトウェアのメンテナンス等を合法的に行うことが可能となるわけです。

単にソフトウェアのライセンスを受けただけにすぎないライセンシは、著作権法第47条の3による保護を受けることができないこと、十分に注意したいところです。

 

②預託方法を確認すること

ライセンサがエスクロウ・エージェントに対して、ソースコードその他技術情報等を預託する場合、情報等を記録した媒体物を用いることもあれば、エスクロウ・エージェントが管理するサーバ内にデータを保管するということもあります。

ただ、上記①で記載した通り、ライセンシとしては、ソースコードその他技術情報等の複製物の所有権を取得することが重要となりますので、記録媒体物にて預託することの確認が必要となります。

 

ところで、記録媒体物として用いられるのはCD-R等が代表的ですが、劣化の問題を避けて通ることができず、数年経過後に開示事由が生じてライセンシにCD-R等が提供されたとしても、読み取ることができないといった問題が起こり得ます。この点を考慮した場合、ライセンサとライセンシとの契約においては預託物を一定期間ごとに差替えることをライセンサに義務付けること、ソフトウェア・エスクロウ契約においては預託物の差替えが可能かを確認することがポイントとなります。

 

なお、平時において、ライセンサがソフトウェアのバージョンアップや更新を行う場合も想定されます。この場合、バージョンアップや更新内容が反映されたソースコードその他技術情報等が記録された媒体物を適宜預託することをライセンサに義務付けることも必要となります。

 

③預託物の開示事由を確認すること

当たり前のことですが、ソフトウェア・エスクロウを利用する目的は、ライセンサに何らかの不測の事態が生じた場合、ライセンシが引き続きソフトウェアを使用できるよう、ソースコードその他技術情報等を開示してもらう点にあります。

そうであれば、どういった場合にソースコードその他技術情報等が開示されるのかが、ライセンシにとっては重大な関心事となります。

もっとも、エスクロウ・エージェントがライセンシに開示する場面については、ライセンサとエスクロウ・エージェントとの契約で定めることとなるため、重大な関心事であるにもかかわらず、ライセンシは当該契約内容を十分に検証できないという問題があります。

この点については、ライセンサとライセンシとの合意事項として、ライセンサがエスクロウ・エージェントと契約を締結する前に、当該契約内容をライセンシに開示し、ライセンシの意見を踏まえてエスクロウ・エージェントと契約交渉するよう義務付けるといった対策を講じることが望まれます。

3.ソフトウェア・エスクロウの実施手続き

一般的には次のような流れとなります。

 

(1)ライセンサとライセンシとの合意

まずはライセンサとライセンシとの間で、ソフトウェア・エスクロウを利用する旨の合意を行う必要があります。

この合意は、ライセンス契約の一条項として定める、ライセンス契約とは別の契約を取り交わす、どちらでも問題ありません。

ちなみに、ライセンス契約の一条項として簡易に定めるのであれば、次のような条項が考えられます。

 

第×条

1. ライセンサとライセンシは、ソフトウェアの使用許諾契約が存続する限り、ソフトウェアのソースコードが記録された媒体物を、××(※エスクロウ・エージェントの名称を記入する)によるエスクロウを利用して預託することに合意する。なお、エスクロウ利用に要する一切の費用はライセンシの負担とする。

2. 前項に基づき、ライセンサとライセンシは、××との間でエスクロウ契約を締結し、ライセンサは同契約に従い、同契約締結日から×日以内に同媒体物を××に預託する。

 

なお、上記2.(2)②及び③への対策を講じる場合、次のような条項を追加することも一案です。

 

3. ライセンサ及びライセンシは、××への預託時から1年を経過したとき又はソフトウェアについて必要な改定があったとき、預託された媒体物を最新のものに差し替えると共に、エスクロウ契約の更新を行うことに合意する。

4. ライセンサは、次の事由のいずれか一つに該当した場合、ライセンシが××よりソースコードの開示を受けかつソースコードが記録された媒体物の所有権を取得することに異義を述べない。

(1)手形又は小切手の不渡を出し、銀行取引停止処分を受けたとき

(2)第三者より差押・仮差押・仮処分・競売・強制執行の申立て、又は滞納処分を受けたとき

(3)破産又は民事再生その他の法的整理手続きの申立てをしたとき又はその申立てを受けたとき

(4)ライセンシがライセンサに通知後×日以内にライセンサが応答しないとき

(5)その他エスクロウ契約に定める事由が生じたとき

 

第3項については、実際のところエスクロウ・エージェントが差し替えについて受付けてくれるのか(新規のソフトウェア・エスクロウ契約の締結を求められるのか)により、修正を行う必要があります。

第4項についても、取引実情に応じてさらに事由を追加したほうが良いかと思いますが、ソフトウェア・エスクロウ契約と齟齬が無いよう調整する必要があります。

なお、上記サンプル条項は、ソフトウェア・エスクロウ契約について、ライセンサ、ライセンシ、エスクロウ・エージェントの三者間契約を前提にした内容となっていることから、ライセンサのライセンシに対するソフトウェア・エスクロウ契約の内容開示について特に定めていません。

 

(2)エスクロウ・エージェントより書類入手

国内でのエスクロウ・エージェントの代表格である一般社団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)であれば、ソフトウェア・エスクロウ契約の申込み後、SOFTICより契約書などの必要書類が提供されます。

 

(3)手数料支払い

エスクロウ・エージェントが指定する口座に、手数料を支払うことになります。

なお、ソフトウェア・エスクロウ契約上の支払い名義人と実際に負担する者にズレが生じる場合があり、形式上の名義人が立替払いを実施するのか、実際に負担する者より前払いを受けて支払い手続きを行うのか、取り決めておく必要があります。

 

(4)預託物受入日の設定

上記(3)の手数料支払いと前後する場合もありますが、いつまでに・どのような方法でソースコードその他技術情報等を預託するのか、エスクロウ・エージェントより指示があります。

 

(5)預託物の封印

預託物について、ライセンサとライセンシ立会のもとで確認し、封印手続きを踏むことが通常です。

 

(6)預託物の引渡し

ライセンサがエスクロウ・エージェントに対し、預託物を引き渡します。

なお、この引渡しにより預託物の所有権がエスクロウ・エージェントに移転することになります。

 

4.当事務所でサポートできること

ソフトウェア・エスクロウ契約の利用は決して多くはありませんが(なお、SOFTICによると、平成9年から令和4年3月末時点の約25年での利用件数は395件とのことです)、重要なソフトウェアを用いるライセンシにとってはもちろん、信用確保によるビジネス拡大を狙うライセンサにとっても、有用な制度であることは間違いありません。

ただ、上記3.に記載した、ライセンサとライセンシとの契約内容に注意を要すること、エスクロウ・エージェントから提示される契約内容の精査が必要であることはもちろん、上記2.(2)で記載した注意事項などを考慮する必要があり、相当専門的な知識が要求されます。

ソフトウェア・エスクロウ契約の利用を検討されているご相談者様におかれましては、是非当事務所にご相談ください。

いざというときに困らない確実な契約手続きのお手伝いをさせて頂きます。

 

<2023年8月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。