「X-Tech」ビジネスを始める前の法務戦略(第17回 HRTech④ AIと人事管理)

1.はじめに

HRTech(ヒューマンリソーステック)につき、採用、退職、労働時間管理と触れてきましたが、今回は今後HRTechの本丸になるであろう人事管理について検討を行います。色々な利用場面が想定されますが、今回はHRTechが診断した「健康情報(例えば将来的に精神的な不調をきたすといった予知診断情報)の提供」と「業務適性診断(例えば業務適応能力がないといった診断情報)」についてみていきます。

2. HRTechと健康情報

現在研究開発中ですが、例えば、従業員の定期健康診断の結果はもちろん、性格、病歴等のパーソナルな情報に加え、実際の勤務時間や休息の頻度、職務内容や職務遂行状況、成果に対する責任の度合い等の就労情報を考慮し、AIが当該労働者についてメンタルヘルス不調をきたす恐れがあるといった予知診断を行う、といった事例があったとします。
この場合、AIの診断結果をどこまで用いてよいのでしょうか。
まず、そもそも論として、従業員の病歴等のパーソナルな情報を取得するに際して明確な同意が必要であることは、個人情報保護法はもちろん従業員のプライバシー権を念頭に置く限り、必要となることは明白です。そして、取得した情報についてどういった目的で使用するのか、本件事例でいえばAIによるメンタルヘルス不調可能性の予知診断目的といった事項を明確にする必要があると考えられます。
なお、HRTechは日進月歩で発展していくものでしょうから、従業員から同意を得る時点では、将来を見越して個別具体的な同意を取ることは難しいことも事実です。このため、ある程度抽象的な目的を明記する、例えばAIによる業務適性判断といった内容で同意を得たいというニーズが生じるかと思います。が、現状どこまで個別具体的に明記するべきかは一律の基準がない状態です。ただ、本件のような病気の可能性(疾病の発症率と言い換えることもできます)を指摘するようなAI診断に基づく情報となると、通常は他人に知られたくない情報といえますので、雪嶺のような場合は個別具体的に同意を取り付けるのが穏当ではないかと考えます。

3.HRTechと業務適性判断

では、上記2.のようなAI診断結果が出たとして、当該従業員を業務対応能力なしと人事評価し、担当業務の変更(配置転換)を行うことは当然に許されるのでしょうか。
これについては、結局のところHRTechによるAI診断の信頼度によるとしか回答のしようがありません。その意味では、少なくとも現時点ではAIの診断結果のみを前提に配置転換を行ってもよい(配置転換の正当性を維持できる)という結論にはならないと考えられます。AI診断情報をもとに、会社が当該従業員の意向等をヒアリングしつつ、上司を含めた周囲の従業員等の意見や円滑な業務遂行の可否等を考慮しながら、従来通りの人の判断が現時点では求められるのではないでしょうか。

4.会社における安全配慮義務が増加する?

ところで、上記のような事例の場合、これまでは気が付くことができなかった危険因子(メンタルヘルスの不調をきたする恐れ)を会社が認識できるようになります。裏を返せば、会社としては知ってしまった以上は、適切な対応(安全配慮義務の実施)を求められます。
実質的には安全配慮義務の拡大であり、会社にとっては負担が重くなるといわざるを得ませんが、重大な結果(メンタルヘルス不調とそれに伴う労働トラブル)を招来するより予防措置を講じるほうが会社にとってはメリットが大きいと考え方を改めるほかないかと思います。なお、メンタルヘルス不調について現行法でも一定程度の配慮義務があること注意が必要です。

(2020年1月14日更新)

※上記記載事項は当職の個人的見解をまとめたものです。解釈の変更や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい